『リオーネの勇気☆ごめんね、アルテッサ』 「ごめんね、アルテッサ」 メラメラの国のプリンセス・リオーネは、メラメラ城のバルコニーから外を見つめていた。 見下ろす城下町は、今日もたくさんの人たちでにぎわっている。 見上げる空は青く晴れ渡り、白い雲がおだやかにただよう。 まるでお菓子のようなふわふわとした雲が、リオーネに昨日の出来事を思い起こさせた。 それは、ベスト・スイーツ・プリンセスを決定するパーティーでのこと。 ふたごたちのおかげで、リオーネは無事に『豆腐花メラメラシロップがけ』を完成させた。 白くてふわふわとした食感が特長のスイーツである。  しかし、アルテッサの『ゴージャスクッキーキャッスル』は……。  逃げ出すアルテッサ。  追いかけるふたご。  あのときリオーネの耳は、駆ける三人の足音をはっきりととらえていた。  リオーネは獅子族の血を引いている。獅子族は、普通の人間よりもはるかに優れた耳を持っている種族である。 リオーネに盗み聴きをするつもりなどなかったが、真夜中に聞こえた時計の針の音のように、一度意識した音をすぐに消し去ることはできなかった。  そして、リオーネはすべてを聴いてしまう。 アルテッサの涙声。  怒り出すファインの声。  はにほ。 アルテッサとふたごたちが言い争う、その一部始終を。 (わたしのせいだわ……)  リオーネは、心を痛めた。  そもそもの事の発端は、うっかり砂糖を床にこぼしてしまったことにある。 (……アルテッサに謝らなきゃ)  思い立ったリオーネは、こっそりとパーティー会場を抜け出していた。  視覚、聴覚、嗅覚、あらゆる感覚を研ぎ澄ませてアルテッサをさがす。  聴こえてきたのは、とぼとぼと歩く誰かの足音。 ふたごたちだった。 「ファイン……レイン……、アルテッサは……」  どこにいったの? そうたずねようと、リオーネは足を止めた。 『……』 ところがふたごたちは、うつむいたまま無言で通り過ぎていってしまう。  リオーネは、あれほど元気のないふたごを見たことがなかった。  二人にはやく元気になってほしい。  そんな想いを抱えながら、リオーネはアルテッサを追いかけた。 (わたしが謝れば、きっとファインとレインも……)  アルテッサに「ごめんなさい」を言えば、二人が謝るきっかけを作れる。そう信じて。  ジュエリー・キャッスルの長い廊下をひたすらに進むと。 リオーネは、かすかな甘い香りを感じ取っていた。 (アルテッサだわ……)  先ほどまでお菓子作りをしていたせいだろう。  アルテッサからは、シナモンの甘くていいにおいがした。 獅子族は、聴覚だけでなく嗅覚も優れている。  ある特定のにおいを追いかけることは、リオーネにとってそう難しいことではなかった。 ところが、ドアも何もない廊下の突き当たりで、甘い香りはパッタリと途切れてしまう。  この場所で、アルテッサが忍者のように消えてしまったというのか。  そんなはずはないのだが、何の手がかりもなしに、これ以上アルテッサを追跡することはできなかった。  一国の姫君が、勝手に他国の城の中をうろつくのはあまり好ましいことではない。 リオーネは、パーティー会場に戻るしかなかった。 (もしかしたら、アルテッサはパーティーに戻っているかも……)  リオーネの期待は、裏切られることとなる。 「ねえみんな、アルテッサを見なかった?」 『いいえ、わたしたちには分からないわ』 「バブブ、バブ♪」 「ごめんなさい、見かけてないわ……」 「アルテッサはまだ戻ってきていないみたい。どうしたのかしら?」  手作りのスイーツを来賓たちに振舞う、各国のプリンセスたち。 その中に、アルテッサの姿はなかった。 「では、そろそろベスト・スイーツ・プリンセスを発表したいと思います」  宴もたけなわとなり、すべてのスイーツ(おしるこアラモード除く)が品切れとなっても。  やはり、アルテッサは戻ってこなかった。  結局、リオーネはアルテッサに謝るどころか。 会うことさえできないままメラメラの国へと帰ってきてしまった。 「ごめんね、アルテッサ」 空に浮かぶ「おひさま」を見つめながら、リオーネは伝えられなかった想い、言えなかった言葉を口に出してみる。  今のわたしにできることは……。 (やっぱり、アルテッサに謝りに行こう。それに、ファインとレインにも……) 決意したリオーネは、もう迷わなかった。  リオーネは、メラメラの国の気球「メラメライオン号」に飛び乗ると、自らの操縦で空へと飛び立つ。  向かうは――おひさまの国。 ☆ ☆ ☆ 「ケンカしちゃったね」 「ケンカしちゃったわね」  おひさまの国に帰ってきたファインとレインは、城の屋根の上から空を見上げていた。 「アルテッサに悪いことしちゃったね」 「アルテッサを傷つけちゃったわね」  ふしぎ星でもっともプリンセスらしくないプリンセスと呼ばれるふたごたちは、行儀悪く足をブラブラとさせる。 ここは、二人のお気に入りの場所だった。 二人並んで座って、なんてことのない話をすることもあれば。 しかられたときや落ち込んだとき、こうして青空や星空をながめることもあった。 「あのときアタシたちは、プロミネンスを」 「使うべきではなかったわ」  プロミネンスの力は、二人の想像をはるかに超えたものだった。  もし使い方を誤れば、何かを壊してしまうだけでは済まない。誰かに怪我をさせてしまうかもしれないし、それ以上のことを起こしてしまう可能性だってある。  だから、プロミネンスはよく考えて使わなければならない。 「でも、それじゃリオーネを」 「助けられなかったわよね……」  ここまでは理解していたふたごたちだったが、ひとつだけ分からないことがあった。 「じゃあ、プロミネンスを使わずに」 「どうすれば、リオーネを助けられたの?」  あの限られた時間の中で、プロミネンス以外にできることがあったのか。  その答えが、どうしても分からない。 「ファインさま……レインさま……」  プーモは、思い悩むふたごたちの姿を見つめていた。  二人がどうしても出せない答え。プーモにはその解答が分かっている。  教えてしまうことは簡単だ。  しかし、それではふたごたちのためにはならないだろう。  答えは出せなくてもいいから、しっかりと悩んで、迷ってほしい。 プーモはそう願っていた。 「そうだっ。街まで買いに行けばよかったんだよ」 「アルテッサのキッチンじゃなくて、お城のキッチンに聞きに行けばよかったんだわ」 「でも、間に合わなかったかもしれないね……」 「広いお城で迷っちゃったかもしれないわ……」  ふたごが、あれこれ考えをめぐらせていると。 「ファイン! レイン!」  空から、二人を呼ぶ声が聞こえた。 『リオーネ!』  その声が頭上をただよう気球から聞こえたと分かったふたごたち。 さっそくヘリポートならぬ気球ポートまでダッシュして、リオーネを出迎える。 『どうしたの、リオーネ?』  着陸したメラメライオン号からは、リオーネが降り立った。 「実は、お話があるの」