『はじまりの日に☆ミルロのドキドキ始業式』 作・Kia  発表を待つときは、いつだって胸がドキドキするものだ。  しずくの国のプリンセス・ミルロは、何もない真っ白な掲示板をただじっと見つめていた。   あたりには、他にも多くの生徒たちが集まっている。  同郷の出身者と、楽しそうにおしゃべりをする生徒。  目を閉じて、何かを祈っている生徒。  彼らもまた、同じようにそのときを待っていた。  間もなく、この掲示板に貼り出されるもの。それは、寮の部屋割りだ。  成績優秀者に個室が与えられるなど、いくつか例外はあるものの、基本的に寮は二人部屋と決められている。  大勢の新入生が集まっているのも、誰と同室になったかを知るために他ならない。 「まだかしら……」  ミルロも、そんな新入生のうちの一人だった。  いたずらな春風が、淡いターコイズ・ブルーのロングスカートをふわりと揺らす。  春は、出会いと始まりの季節。  いったい、この中の誰と一緒の部屋になるのだろうか?  その人と仲良くなれるだろうか?  そもそも、自分の名前はちゃんと書いてあるだろうか?  ミルロの心の中に、期待と不安が渦巻いてこだまする。  ふしぎ星を離れ、ここロイヤルワンダープラネットに到着したのが、今日。  母ヤームル、父パンプとお別れを済ませたのが、つい数時間前のことだった。  特に、弟のナルロと会えなくなるのが一番辛かった。  ナルロはまだ、規定の就学年齢に達していないため、ロイヤルワンダー学園に入学することができない。  もう少しナルロが大きければ、一緒の学校に通えたのに、とミルロは残念に思う。  今度会えるのは、いつになるだろうか。  気が付けば、ミルロは何もない空間をぎゅっと抱きしめていた。  春は、別れの季節でもある。 「あっ……」  物思いにふけっていたミルロは、生徒たちの間で起こったざわめきで我に返った。  いよいよやって来た発表のとき。  係の人が、たくさんの名前が書かれた紙を掲示板に貼り出していく。 「ふしぎ星のプリンセス・ミルロ……ミルロ……」  ミルロは、はやる気持ちを抑えながら、掲示板を目で追いかけた。  だが、いくら探しても、一向に自分の名前が見つからない。  もしかして入学できなかったのではないか。  脳裏をかすめる悪い予感を、ミルロは必死に振り払う。 「あったわ……」  その甲斐あってか、ようやくミルロは名前を見つけることができた。  だが、安堵のため息はついていられない。  ミルロの名前のすぐ隣には、今後苦楽を共にするであろうパートナーの名前が書かれているのだ。  ミルロの鼓動が、だんだんと速くなっていく。 「えっ……!?」  ミルロは、ゆっくりと隣の名前に視線を移す。  そこに書かれていたのは、よく知る少女の名前だった。 ☆ ☆ ☆ 「一緒の部屋になれてうれしいわ、ミルロ」  グリーン系で統一された制服に映える、燃えるような朱の瞳。  その瞳と同じ色の髪を、黄色いリボンでポニーテールにまとめている。  頭からピョコンと生えているのは、猫のようなかわいらしい二つの耳。  ミルロのルームメイトになったのは、メラメラの国のプリンセス・リオーネだった。  寮の部屋に案内された二人は、今、つかの間の自由時間を楽しんでいる。 「私もうれしいわ、リオーネ」  ミルロは、思いがけず友達と同室になれた幸運を心から喜んだ。 「ふつつかものですが、よろしくお願いします」  すると、リオーネは突然床に手を付いて深々とお辞儀する。 「こちらこそ、よろしくお願いします」  ミルロも、リオーネの仕草を真似してお辞儀を返してみた。 『うふふっ!』  これではまるで新婚さんの挨拶だ。  顔を上げた二人は、思わず微笑みあってしまう。 「ベッドもふかふかだし、部屋もすっごくキレイ!」 部屋の様子をあれこれ見て回っていたリオーネは、ベッドに飛び込んでみた。  ポワンと跳ね返ってくる感触が心地よい。 「せっかくだから、絵の道具を出そうかしら」  ミルロは、持参した荷物をほどくことにした。  必要最低限のものしか持ってこなかったミルロだったが、画材道具だけは別だった。  いつも使っている絵筆や絵の具でないと、どうしても調子が狂ってしまう。  学園では美術の授業もあるから、絵を描く機会は多々あるはずだ。 「ねえミルロ。これ、なあに?」  すると、リオーネがミルロの荷物に興味を示してくる。  リオーネが指差したのは、小さな宝石箱だった。 「これかしら?」  ミルロは、箱を手にとってリオーネに開いて見せる。  その中に入っていたのは、タネタネの国の紋章が彫られたグリーンのペンダント。  リオーネは、そのペンダントに見覚えがあった。 「これって……プリンセス・メダル?」  記憶が確かならば、それはベスト・スポーツ・プリンセスを決めるパーティでミルロが受け取ったものだ。 「ええ。何か大切なものをもってきたかったから。本当は絵を持ってきたかったけど……」  ミルロは、エストヴァンから受け取った、破れてしまった絵のことを思い出す。  だが、絵は思いのほか保管が難しく、ちょっとしたことですぐ傷んでしまう。ゆえに、持ってくるのを断念していた。 「実はね……わたしも!」  すると、リオーネが自分の荷物からゴソゴソと何かを探しはじめる。  彼女が取り出したのは、おひさまの国の紋章がかたどられた赤いメダルだった。 「リオーネも持ってきていたの?」  ミルロは、リオーネの赤いメダルと自分の緑のメダルを重ねてみる。  一般にクリスマスカラーとして知られている通り、これらの二色はとても相性がよい。 「うん。これで、おそろいだね」 「本当に偶然ね。ふたりして同じものを持ってくるなんて……」  ミルロは、リオーネと何か運命的なものを感じずにはいられなかった。 「そういえば、プリンセス・パーティのときからだよね。わたしたちが仲良くなったのって」 「ええ、確か、宝石の国のプリンセス・パーティね」  ミルロは思い出す。  リオーネと、初めて話した日のことを。    ☆ ☆ ☆  ミルロは、リオーネに初めて会った日のことをよく覚えていない。  ただ、メラメラの国に同じくらいの歳のプリンセスがいることは、物心ついた頃から知っていた。  小さな頃に、パーティなどで何度か同席した記憶も残っている。  だが、引っ込み思案な性格がわざわいして、一度もリオーネに話しかけることができずにいた。 「あの……おさとう、余ってないですか?」  初めてちゃんと話したのは、ベスト・スイーツ・プリンセスを決めるパーティでの出来事。  リオーネが砂糖をこぼしてしまい、ミルロに分けてもらいに来たときだった。 「おさとうは全部使ってしまったわ。力になれなくてごめんなさい……」  あいにく、そのときはミルロも砂糖を使い切っていた。 「忙しいときにお邪魔してしまって……。こちらこそごめんなさい……」  と、なんてことのないやり取りを交わしただけだったが。  それ以来、プリンセス・パーティで顔を合わせるたびに話をするようになっていった。 「おめでとう、ミルロ!」  ミルロがベスト・スポーツ・プリンセスの称号を得たとき、リオーネは我が事のように祝福した。 「ありがとう、リオーネ。でも、いまだに信じられないわ……。この私が、ベスト・スポーツ・プリンセスだなんて……」  賞をもらえたうれしさと、戸惑いがミルロの中で交錯する。  何しろ、レースは最下位だったのだ。  何かの間違いではないか、という気持ちがどうしても拭えない。 「そんなことないわ。わたしがアルテッサにボールを投げたばっかりに、騒ぎになってしまって……。もし、ミルロがみんなを励ましてく れなかったら、騒ぎはもっと大きくなっていたわ」 「ううん、私は、レインが言ってくれたことをみんなに教えただけよ」  最後まであきらめちゃダメよ。  あのときの言葉だって、所詮レインの受け売りだ。 「違うの。わたしたちがボールを投げ合っている間に、ミルロはわたしたちを抜かすこともできたはずだわ。でも、ミルロはそうしなかった。それが、フラウア様が言っていた『スポーツマン・シップ』じゃないのかしら?」 「それは……みんなが争うのはイヤだったから……」 「スポーツは競うものだけど、争うべきものではないはずよ。やっぱりあなたがベスト・スポーツ・プリンセスだわ」  リオーネの言葉に、ミルロはハッとした。  リオーネは、ミルロがベスト・プリンセスに選ばれた理由をしっかりと考えている。 (それなのに、私は……)  ミルロは、自分が何も考えていなかったことを思い知らされた。  と、同時にリオーネに認めてもらえたことが……すごくうれしいのだ。  こんな気持ちは、初めてだ。 「ありがとう、リオーネ……」  この日から、ミルロの心の中は、少しずつ変わりはじめた。 ☆ ☆ ☆ 「あのときは、すごくうれしかったわ」 「どういたしまして」  ミルロとリオーネは、ふしぎ星での思い出話に花を咲かせていた。 「明日から『がっこう』だね!」  ふと、リオーネの口から、明日の学校の話題が飛び出す。 「『がっこう』に通うのは初めてだから、すごくドキドキしているの……」  ミルロは、今まで一度も学校に通ったことがなかった。  もちろんふしぎ星にも学校はあるが、一国のプリンセスが通える特別な学校はひとつも存在していない。  そのため、ミルロには専属の教育係や家庭教師がつけられていた。 「わたしも一度『がっこう』に行ってみたかったから、すっごく楽しみ!」  ミルロの境遇は、ちょうどリオーネにも当てはまる。 「ファインやレイン、リオーネとも一緒のクラスになりたいわ……」  ミルロの言葉を聞いて、リオーネが急に表情を曇らせた。 「うん……」  耳をしゅんとしぼめ、今にも泣き出してしまいそうだ。 「どうかしたの、リオーネ?」  ミルロは、すぐにリオーネの様子に気がついた。  クラス分けは後日発表されることになっているが、そのことで何かあったのだろうか? 「……」  リオーネは、うつむいたままで何も言わない。 「私でよかったら話してみて。もしかしたら、力になれないかもしれないけれど……。言葉に出せば、きっと気持ちが楽になるわ……」 「もし一緒のクラスになれなかったら……」  ずっと今まで隠してきた不安を打ち明けるリオーネ。 「ふしぎ星のみんなと、バラバラになってしまうわ。ミルロとだって……」  ミルロには、リオーネの気持ちが痛いほどによく分かった。  もし別々のクラスになったら、ふしぎ星のみんな、それにミルロと離れ離れになってしまうのではないか。  リオーネは、それを恐れているのだ。 「大丈夫よ」  ミルロは、リオーネの手をそっとつかんだ。  リオーネの温もりが伝わってくる。 「もし一緒にいられなくても、気持ちまではバラバラになんてならないわ。  お母様やお父様、ナルロは今、遠くにいるけれど、私は一日だって家族のことを忘れたりしない。  リオーネも、そうでしょう?」 「……」  リオーネは気付いた。  ミルロが、家族と離れ離れになってこの学園に来たことに。  兄のティオと一緒の学校に通える自分よりも、ミルロのほうがずっと辛いはずなのだ。 「ふしぎ星のみんなも同じよ。違うクラスでも、ずっと気持ちは一緒だわ。  もし、同じクラスになれなかったら……そのときは、お話しましょう。  その日一日、クラスで何があったのか。  楽しかったことも、苦しかったことも。ふしぎ星のみんなのことも……」 「……うん。わたし、ミルロに話すね。みんなのこと」  リオーネは、ミルロの手を握り返す。 「私もよ、リオーネ」  この日、ロイヤルワンダー学園に通う二人の少女の間で、ひとつの約束が交わされた。  ロイヤルワンダー学園に来た――この、はじまりの日に。 (おしまい)